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勝負平の伝説〜白石峠

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これからの季節、秩父の山々は雪に閉ざされ、峠をロードバイクで越えることは叶わなくなる。春が来るまで、地図や本をじっくり調べて、新しいルートをたくさん開拓しておこうと思っているが、今日は先日のエントリにコメントをもらった白石峠の伝説について書いてみたい。

白石峠は、登り口から頂上まで7キロ弱の東秩父ではローディーたちのメッカとも言える修練の場だが、残り1キロにあたる場所に、「勝負平」という地名が残っている。初めて走った時は、そのイミするところを知らなかったのだが、ワタシが常に枕元に置き、眠れぬ夜に埼玉の山々に思いを馳せる時にひもとく「秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行」に、この地名の由来となる伝説が記されていた。

平将門の乱とも、承平天慶の乱とも言われる9世紀の戦いの終わり、追いつめられた将門は、秩父の山中で藤原秀郷と一騎打ちになり、ここ勝負平において、討ち取られたのだという。そして、刎ね上げられた将門の首は、今もなお首都を鎮守する首塚のある大手町まで遠く飛んで落ち、泣き分かれた下半身は、自分の首を追ってスタコラ走り出し駆け続けたが、今一息のところで、とうとう力尽き倒れたのだという。将門の半身が倒れたあたりではその後祟りが相次ぎ、それを鎮めるためにその場所に立てられたのが、神田明神だということなのである。

このちょっとユーモラスにも感じられる伝説だけでも、破格の体力・精力に並外れた闘争心を兼ね備え、一般人とは桁違いな生身の将門像を想像させて余りあるものがある。日本の歴史上でも1、2を争う祟り神となり、1000年の時を超えてなお、後世の人々を震え上がらせ続けているのだものね。

なぁ〜んてことを考えながら走っていると楽しいんだよねぇ、実に...

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このページは、ののじが2009年1月23日 12:12に書いたブログ記事です。

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